アイバンクだより Vol.31 |
角膜再生医療の現状〜透明な角膜を取り戻すために〜 |
愛媛大学医学部 眼科教授 白石 敦 |
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人は外界からの情報の80%を視覚から得ているといわれ、Quality of life(QOLとは より良い生活の質 をいいます)はQuality of Vision (QOVとは より良い視覚の質 をいいます)に支えられているといっても過言ではありません。その視覚を得るための臓器である眼球の最も表面に位置するのが角膜です。わずか0.5oの厚さの透明な膜ですが、体の最も表面にあるため、乾燥や湿気、紫外線などの自然環境、さらには細菌やカビ、ウイルスといった微生物など様々な外敵から目を保護する役割をしています。しかしながら、角膜の最も重要な役割は、どんな高価なカメラにも負けない精巧なレンズの働きをすることです。このような完全な透明な組織は人体では他にはどこにもありません。もちろん人の体の一部ですから角膜がガラスや水晶などでできているわけはなく、細胞やたんぱく質からできています。私は、この透明な角膜に魅せられて、長年角膜の研究を続け、患者さんの角膜の透明さを守り、そして取り戻すために治療を続けています。
どこまで角膜の研究・治療、特に皆さんの興味のある再生医療は進んでいるのでしょうか?角膜の再生医療の現状についてお話ししたいと思います。そのお話の前に、少し角膜の構造について専門的なお話をさせてください。角膜は約0.5oの厚さですが、上皮細胞・実質・内皮細胞とその間にある2つのコラーゲンの膜の5層構造からなっていて、すべての層が規律正しく整うことで透明性を保っています。再生医療の中でも角膜の再生医療は、他の臓器に比べて進んでおり、日本の研究は世界をリードする立場にあります。実際に、細胞培養という試験管内で細胞を増やして移植するという技術を使って角膜上皮細胞を治療する方法がこれまで行われてきています。愛媛大学でもこの治療法を行ってきており、上皮細胞だけが悪くなっている患者さんには、ある程度の視力改善してもらうことができました。
今、皆さんの興味あることはiPS細胞を使ったら角膜が再生できるのではないかということだと思います。結論から申し上げますと半分yes!半分no!です。すでにiPS細胞を用いられた研究は盛んにおこなわれており、iPS細胞から角膜上皮細胞や角膜内皮細胞を作成できることはわかりました。これから人に安全に移植できるように工夫していく段階にありますので、おそらく10年前後でiPS細胞から作成された角膜上皮細胞や内皮細胞の移植が可能となると思われます。それでは半分のno!とはどういうことでしょうか?すでにお話ししたように角膜は5層構造をしており、このすべての層が規律正しく整って初めて透明性を保つことができます。ですから、上皮細胞だけ又は内皮細胞だけが悪くなった場合にはiPS細胞を使った再生医療で治療が可能となりますが、他の部分、特に0.5oの角膜の90%を占める実質が混濁した場合にはこの治療では治すことができません。角膜実質はミクロ単位のコラーゲン繊維が幾何学的に整然と配列し、その間に存在する実質細胞という細胞が特殊なたんぱく質を分泌して、コラーゲン繊維の配列を調節しています。この、人が生まれながらに作り出した角膜実質の精密な3次元構造を再構築する技術はいまだ開発されていないのです。
角膜の一部が悪くなった場合には、近い将来再生医療で治療できるようになる可能性はありますが、角膜全体を入れ替えるような再生医療は容易ではなく、今後も角膜移植に頼らざるを得ない状況が続くと思われます。我々は角膜専門医として、最新の医療で角膜の病気で困っている患者さんの治療をさせていただいています。そして将来的には、より少ない侵襲で、より良く見えるような治療をさせていただけるようこれからも、研究・診療に励んで参りたいと考えております。
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